ドイツ憲法に学ぶ


 

戦後60年も近づくというのに未だに野党はおろか与党まで「憲法改正」反対論者がいる。世の中が急速に変っているのに金科玉条のように憲法を考えている頑迷固陋の人達がいるのには驚く。有史以来の未曾有の不況、国民の生命と安全と財産の保証をどうするのか、問題隠蔽、問題先送りの体質をどう変えるのか、国の基本法である憲法についてドイツと日本の違いを調べてみた。

 

T ドイツの憲法

 

    フランス革命後神聖ローマ帝国が崩壊し、プロイセンとかバイエルンなど領邦国家で憲法が
   創られた。ドイツ憲法論争も展開されていた。

1 フランクフルト憲法 18493

      ドイツ民族統一国家建設運動が盛んになり、西南ドイツ地区で政治家が主体となりフラ
    ンクフルトで憲法が制定されるにいたった。

2 プロイセン憲法  1850・1


  プロイセンで国王と議会で憲法論議が行われた。制定された憲法は後の日本の明治憲法の
   規範となる。


3 ビスマルク憲法  1871・4

    プロシア・オーストリア戦争後プロイセン宰相ビスマルクは北中部のドイツ諸連邦をま
    とめ「北ドイツ連邦憲法」を制定した。さらにプロシア・フランス戦争後は南ドイツの
    諸邦をまとめドイツ帝国を成立させ、ビスマルク憲法を制定した。

4 ワイマール憲法  19198


     第1次世界大戦後ドイツは共和国になり、マックス・ウェーバーなども参加して新しい
     法典の憲法が制定された。


5 ナチス・ドイツ憲法  19332

   民族と国家を保護するため、ワイマール憲法が改悪された。基本権の停止とか、参議院の
  廃止、大統領と宰相を総統にするなど世界で一番民主的といわれたワイマール憲法が踏
  みにじられた。問題点は分っていても行動できなかった為政者、知識人はどう懺悔した
  のであろうか。

6 ボン基本法  1945・5

      戦後米・英・仏の地方分権的国家観とソ連の中央集権的国家観とは所詮相容れず、西側3
    国の占領地区を統合して憲法を制定。軍政を民政に移管してドイツ連邦共和国が誕生し
    た。ただ議会が制定したのではなく、領邦国の代表が作成したため基本法と呼ばれたが、
    実質的には西ドイツの憲法である。
2000年までになんと実に48回も改正されている。

7 東ドイツ憲法  194910

      東ドイツでも社会主義統一党が中心となり制定し、ワイマール憲法を規範としたものだ
    ったが、ソ連を見習い中央集権化されるにつれ改変された。社会主義の基盤ができても国
    家評議会はドイツ民族の社会主義国家を標榜して新しい憲法を
19684に制定した。その
    後ソ連との同盟関係が強化されるにつれ何回となく大改正が行われた。統合前までなんと
20
      年間に13回も改正されている。

8 ドイツ統一  199010

     実質的には西ドイツの東ドイツの吸収合併であり、憲法も西ドイツのものが採用された。

ドイツは憲法が国の規範であることの国民的認識がある。日本は一部頑迷固陋な政治家、知識人は関心があるが一般庶民は中身も知らず、憲法改正反対だけのドグマに迷わされている。新聞・TVなどマスコミにも責任がある。実情を正確に報道する、海外また権力におもねらない、愛国心ある態度が求められる。ただ単純に反対また反対で国民が何時までもついてくると思っているのか、自己の所信を具体的に言って反対するか、せめて功罪合わせて報道するような姿勢がほしい。常識的にはドイツ人は頭が固い、日本人は頭が柔らかいといわれるが、こと憲法に関してはまったく正反対である。

 

U  日本の憲法

 

   明治に入り、脱亜入欧、近代化が進められた。英・仏・独など西欧諸国から政治思想・立憲制・法体系などがいりみだれて入ってきた。岩倉具視はプロイセン憲法を模範とすべきだと説き、伊藤博文が憲法調査のため渡欧した。ドイツの法律顧問のもとプロイセン的立憲君主制憲法をモデルに明治憲法が制定された。憲法だけでなく諸法もドイツ法の影響を受けた。法だけでなく日本の医学もドイツの影響を受け、アメリカ医学が日本に戦後入ってくるまでドイツ医学が主流であった。つい最近までドクターのカルテはドイツ語で書かれていた。

   ドイツではプロイセン憲法から民主的なワイマール憲法さらに悪名高いナチ・ドイツ憲法へと大きく変ったが、日本は明治憲法が大東亜戦争終了まで続いた。戦後米国の占領下、2度と戦争で米国に立ち向わないようにとのマッカーサーの執念で平和憲法が制定された。とはいえ戦争放棄の条項を除けばドイツの憲法概念で構築されている。人権論、国家論、統治機構などの法治主義がとられている。

 

V  ドイツ憲法拾い読み

 

 1 ビスマルク憲法

   男子は満20歳から7年間常備軍に所属、最初の3年間は軍籍、後4年間は予備軍、その後5年間
 は後予備軍と決められた。平時でも人口の
1%は軍隊と決められて軍事予算が策定された。

 2 ワイマール憲法
   宗教および宗教団体の条項があり、宗教の自由をうたい、公法上の社団である宗教団体は市民租税
   台帳にもとづき税金を徴収する権利がある。平均して給料の約1%源泉徴収という,日本では信じられな
  い。義務教育は無料だが宗教の授業があり、各宗派団体は講師を派遣している。日本で
もこれを導入し
  たらどうか。予備校の先生の授業は居眠りが少ない、面白い、為になるそう
だ。神道、仏教、キリスト
  教などが講師を派遣して宗教教育をおこなう、虐めなどが少なくなるだけでなく、躾・道徳面で効果が
  ある。また終身雇用で甘えているデモ・シカ先生には刺激になると思われる、蛇足だが。

   

ドイツも日本も平和憲法、法治主義だが世の中の進歩・発展につれて国家の理念も変るという
ところが違う。ドイツの国家理念として、戦略的に@環境重視 A将来世代への責任重視 
B脱国境、グローバル化 を謳い憲法を改正している。 環境重視ということでは、原子力発電
規制・地球温暖化対策。将来世代への責任ということでは財政負担で孫子に負担をかけることは
ない。日本のように
 700兆円弱の借金、誰かが返してくれるであろうというのうてんきな無責任
な政治家・官僚はいない。グローバル化で東西統合、ユーロ導入など具体的に実行している。欧州の
合衆国目指して自国の国益を犠牲にしてまで頑張っているのは立派という以外ない。理念、戦略も
持ち合わせず、言論の自由を振りかざして、闇雲に憲法改正絶対反対という政治家、知識人、
マスコミは一体どういう了見なのであろうか。

 

 3 ボン基本法

 

 
 第 
1条 {人間の尊厳、人権、基本権} 当たり前だが最初に謳っている。

 
第 7条 {学校制度、宗教の授業}   宗教の授業は正規の科目だが、親に子供の宗教受講の
                     決定権がある。教師も自分の意思に反しての教授は
                     強制されない。全ての学校は国の監督のもとにあり
                     予備校などは認められていない。

 
 12条 {国防その他の役務従事義務} 男子18歳から軍隊、連邦国境警備隊または民間防衛
                     団の役務に従事する義務がある。武器を持ってする
                     軍隊を拒否するものに対しては代役に従事する義務
                     を課す。

   女子は武器をもってする役務は義務付けられてはい
  ないが、緊急事態には
1855歳の女子は野戦病院
  または民間医療施設に徴用できる。

   日本は国民の生命と安全を誰が守るのかという認識
  が全く不足している。憲法もさることながら教育を
  誰がするのか、為政者、マスコミの責任が大きい。



第 87条 {軍隊の設置、出動、任務}  第26条で侵略のための戦争は禁止されているが、
                    防衛のための軍隊の設置は当然のこととされている。
                    日本では自衛隊は軍隊ではない、ただ後方支援は
                    できるなど誤魔化している、いい加減にしてもらいたい。


102条 {死刑廃止}         よく死刑廃止に踏み切ったものと感心する。
                    凶悪外国人犯罪なども増えているのに因果応報は
                    必要なことではないだろうか。

114条 {会計報告、会計検査}    連邦会計検査院の構成員は裁判官と同様な独立性があり、
                    会計検査、予算の執行・運営の検査をする。
                    日本の外務省、霞ヶ関諸官庁のように破廉恥な機密費使い
                    たい放題のようなことは出来ない。

115条 {防衛上の緊急事態}     一旦有事の場合の規制が憲法にあり、リスク管理が国家とし
                   てできるようになっている。

  日本は国家としての意思決定のプロセスが不透明であり、外国の言うがままでは独立国ではない。外交・防衛 は国民の生命・安全を守る一番重要なもの、政治家・役人が見てみぬ振りして問題先送り、国民がもっと目覚める必要がある。

   

W 国益、国民の利益を考え憲法改正

   

     富国強兵のためドイツのプロイセン憲法をもとに明治憲法を策定したまではよいとしても、ドイツでは大小の政変、世界情勢の激変に対応して何回となく憲法を改正している。何故日本は明治憲法を金科玉条のようにして改正しなかったのか、不思議にドイツを見習うことはしなかった。

    それには日露戦争で国を挙げて戦い戦意高揚、黄色人種では始めて白色人種に勝ち、欧米が驚いたこともある。君臨すれども統治せずの英国型の天皇では、憲法に問題があっても、そのまずさを元老会議がカバーしていた。そもそも天皇が統帥権、行政権、司法権、立法権、を集中掌握する政治運営は18世紀的な帝国時代の遺物であって、近代戦を戦うには無理である。平時でも問題はあったが目立たないだけである。

    昭和に入るともう元老はいない、陸海軍の対立、統帥関係部局と政府の不和などもあり、自衛の大東亜戦争に突入、平和外交もできずに原爆を落とされ破局を迎える。終戦末期東条首相が総辞職したのは戦局の責任をとったのではなく、内閣補強策をとろうとしたが国務大臣(後の岸総理大臣)が辞職を拒否したので止むを得ず総辞職せざるをえなかった、投げ出したのではないかという見方もある。小泉首相が田中外務大臣を更迭したみたいに人事権がなければ閣内不一致で政治は成り立たない。陸軍大将とか海軍大将が陸軍大臣、海軍大臣になるという制度も今から考えれば信じられない。満州事変、支那事変などでは軍部を諌めることができなかったのは、憲法上の問題がある。朝鮮戦争時、マッカーサーがルーズベルトに罷免されたように文民統制が必要なことは言うまでもない。軍部が独断で暴走した、遺憾の極みなどで済まされる問題ではない、憲法上の不備を糾す理非曲直の考えが出てきて当たり前である。どうも日本人の国民性として、問題を感情的でなく理性的に反省し、再発防止をしっかり行う仕組みを構築するのは苦手のようだ。問題を隠蔽し、先送りする体質は政治家・官僚・マスコミをはじめ銀行・不動産ほか実業界にも及ぶのは日本人のDNAだといって済まされる問題ではない。

    激動の世界情勢は未来永劫続く、国民の生命・安全を保証し、国益を守るために政治・外交はある。その基本理念・大綱である憲法は国民の理解と支持を得て的確に改変するのは常識である。世界の当たり前の常識が、こと憲法となると非常識になる、ドイツの憲法改正を見るに及んでつくづく思うのは私一人ではあるまい。

 

    参考文献  「ドイツ憲法集」 高田敏編 信山社  

   「大東亜戦争の実相」 瀬島龍三 PHP研究所