ドイツの移住と移民




日本は島国で単一民族で今日まできたが、高度成長が終焉したのも知らずに無策で、1990年以降未曾有の不況が続いている。国際化が求められる中、構造改革が叫ばれても具体策は一向に実現されず孫子の代の借金が増えるだけだ。先進国が老大国になるのは歴史の必然だがそうでもない国がある。例えばアメリカは移住と移民の国だが、弱電機器・自動車など製造業では一部競争力はないものの、軍事力は世界でダントツの国で少なくとも今世紀はナンバーワンで居つづけるであろう。あまり知られていないがノーベル賞の自然科学部門(物理学賞、化学賞、生理学・医学)でも戦後ダントツの受賞者数である。軍事力と同じく今世紀も受賞し続けるであろう。この10年余アメリカ人口は10%強増加している、不法移民を勘定すればさらに数値は上がるであろう。この人口増加が消費を支えている、景気が落ち込む、不況・デフレを救っていることは確かだ。この辺りの認識が日本には少ないのがはなはだ残念である。

 

ドイツも移住と移民の国である。ベルリンの中心街に双子のような大きな教会が隣り合わせで建っている。ひとつはフランス教会堂でフランス人の設計でユグノー教会をモデルにした伝統的な教会堂建築。もうひとつはドイツ教会堂で中央ヨーロッパらしい幾何学的なバロック教会堂である。

1685年フランス国王ルイ14世はプロテスタントなどを保護してきた「ナントの勅令」を何と廃止した。そのため2万人のフランス人がドイツへ、その内6千人がベルリンへ移住したといわれる。ベルリンは当時1.6万人の人口だったから6千人のユグノーは大変な数であったであろう。ユグノーのうち中流階級・インテリはオランダへ移住、手に職をもつ中流階級がドイツへやってきた。その技能・技術を生かしドイツに同化したから母国流の教会がありユグノーの心の支えになったことであろう。

ユグノー以前にもネーデルランド(オランダ)からの移住者もおり、その後宗教上の難民を受け入れたが彼等は技術・技能の所有者であったから、多少の摩擦はあったもののその地区の経済発展には大いに役立った。

19世紀始めから約100年間でドイツからアメリカなどへ約550万人が移住したため、19世紀末には人手不足におちいり、ポーランド・イタリアから外国人季節労働者が大量にきて現場作業を支えた。ワイマール(191833)時代、ナチ(193338)時代にはそれほど外国人雇用はなかったが、第2次世界大戦勃発とともに人手不足になり、ところかまわず「外国人徴用」をせざるをえずその数約1千万人ともいわれる。もっともナチ時代にはユダヤ人を始めとして人種差別・迫害のため亡命という形でアメリカへ移住した人がインテリ層主体に多かった。その人たちの献身的な働きで今日のアメリカがあるのかもしれない。

 

2次世界大戦の終戦処理で約1千万のドイツ系の人達が東欧諸国から追放され、西独・東独に移住した。戦後奇跡的な発展を西独は遂げて東独から西独へ移住する人が増えたが、1961年ベルリンの壁ができてからはそれができなくなり、ガストアルバイター(お客様労働者?)を募集せざるをえず移民に頼る国となった。1955年から1973年まで約1400万人の外国人労働者が移住し、その内約300万人が家族を呼び寄せ永住したというから驚く。ドイツは亡命希望者・難民も多く引き受けている世界で模範的な国ではあるが、最近はネオナチなど不穏な動きも一部にはある。

最近40年間だけでも約3000万人以上の人がドイツに移住した。移住先で多いのが西独、各州の人口に占める外国人の割合は、多い州はハンブルグ15.4% ブレーメン15.3% ベルリン12.8%など、逆に少ない州はザクセン・アンハルト17% チューリンゲン1.7% ザクセン2.4%など。都市でみると外国人割合が多いのはフランクフルト27.9% シュットガルト23.9% ミュンヘン22.5%など、少ないのはドレスデン2.8% ライプチッヒ5.2%。ドイツ全体外国人比率は約9%1960年が1.2%だから急増しているのには驚くばかり、ヨーロッパ先進国中最高である。外国人の内訳はトルコ27.9% ユーゴスラビア10.0%と東欧圏・EU圏が多い。ドイツからこの40年間で外国に移住した人は約2100万人、EU,または欧州圏が多い。

本音と建前はどこの国でもどこの民族でも異なるが、超党派で政府移民委員会を構成し対応策を立案しているのは立派という以外ない。いわく「移民は職場を奪うものではない、職場を創り出す」このスローガンで意識改革と理解活動を勧めている。日本ではまず考えられないことではなかろうか。難しいのに国籍問題がある、日本も血統を大切にするがドイツも同様で国籍を取るのが大変である。2000年から改正国籍法が施行され、今後ドイツで生まれる外国人の子供は2重国籍があたえられる、ただし23歳までに親の国籍かドイツの国籍か選ぶことになっている。与野党の妥協の法改正で今後も制度変更はありうる。異文化間教育ということで州ごとに異なるが、独・英、独・仏、などバイリンガル教育をするヨーロッパ学校もできて2文化教育も目指す共生の試みもスタートした。

 

アメリカは移民の国で現在でも年間合法的移民が年間90万人、非合法が30万人、難民も10万人受け入れている。アメリカの人口の14%は黒人、11%はヒスパニックと「民族的多様性」は世界でトップ、また「文化的多様性」もニューヨーク中心で世界トップであろう。この10年人口は14%増えそれが消費景気を支えGDPを増やしつづけている。双子の赤字を抱えながら世界最強の軍事力、不撓不屈の精神はアメリカ生まれのパイオニア精神がもたらしたもの、移民が町民・市民さらに州民・国民へと星条旗のもと「多元的価値観・文化」を育みそれがアメリカの活力を生む源泉とも思える。

ドイツの隣のフランスでは人口の約7%の移住者がいる。多いのはアルジェリア、ポルトガル、モロッコなど。フランスの中央集権的な官僚機構、フランス革命以来のナショナリズムは「文化的多様性」をなかなか受容しないでむしろ「フランス文化への統合」をいままで目指してきた。EUの統合など時代は変りつつある、フランス文化の行く末はまだ定まらない。

 

国の活力を維持するという観点では「民族的多様性」「文化的多様性」はあったほうがよい、国益とか愛国心とかとは別物であろう。西独は高度成長期、フォルクスワーゲンなど企業が労働者不足でトルコなどから大量の労働者を募集してガストアルバイターとしたが、言語・宗教・生活習慣の壁をのりこえていろいろ問題はあるにしても同化させているのは立派だと思う。

生物は純血よりも雑種のほうが生命力が強い、国も長い目で見れば雑種の国のほうが強い。日本は言語・島国などハンディキャップはあるものの「民族的・文化的多様性」を求めて移住者・難民を受け入れ同化してもらい、21世紀の徳のある大国を目指すべきではなかろうか。

折しも第53回ベルリン映画祭の受賞発表があった。金熊賞には「この世界で」と「ねじれ」が選ばれた。前者はアフガン難民、後者も難民問題をテーマにしたもの。日本の山田洋次監督の「たそがれ清兵衛」は芸術作品としてはよいが社会性に悖る?ということか落選。ベルリン映画祭だけでなく今後の国際的な評価基準は社会性を追及した芸術・文化作品が話題になるであろう。世の中変っている、進歩とはそういうものかもしれない。

ドイツに学ぶべき点は多々ある。