第2戦 富士スピードウェイ

2003年 5月2日練習走行画像は→こちら

2003年 5月3日予選画像は→こちら

2003年 5月4日決勝

12:55ローリングからスタート。スタートドライバーはアピッチェラ選手。

500Kmと長いこのレースでは2回ピットインが必要だ。5番手からスタートしたもののGT-Rや他のスープラに先行されポジションを落としていく。

40周サインボードに「P」の文字が出されピットも準備できている。ところがピット入り口に向かったアピッチェラ選手は急にコースにもどりストレートを通過していく。ピットで準備していた琢弥選手は通り過ぎる37ZENTトムススープラを発見し「今行っちゃったよ」とメカさんに伝える。

どうやらオーバースピードだったようでピット入り口を曲がりきれなかったようだ。

次の周はピットインし給油、タイヤ交換とアピッチェラ→琢弥に交代。

レースは1時間を越えた。数周したところで再度ピットイン。前後ともタイヤ交換を行いレースに復帰した。

このときタワー前では37ZENTにペナルティ提示。

10秒ストップのペナルティを受ける。アピッチェラ選手のゼブラゾーンカットが対象となってしまった。

レースは1時間半を経過し60周を消化。順位は38 12 22 39 23 35

37ZENTはペナルティによりトップ争いから脱落してしまったものの粘りの走行を続ける。

トップ38auセルモスープラは72周目22モチュールピットワークGT-Rに抜かれ2位に後退する。さらにスピンしスポンジバリアにぶつかるがそのままコースに戻り走行を続ける。右フロントカウルがはがれそうだ。

73周での順位は22 12 38 39 23 64

その後38auにオレンジボールが提示されるが、規程周回をかせぐためか周回を続けた後、80周時点で竹内→立川に交代。これがオレンジボール無視とみなされ黒旗失格となる。

トップ88周目に37にピットインサイン。再度ピットインし琢弥→アピッチェラに交代した。

2時間半102ラップを消化し順位は 22 12 39 23 35 64

残り3周後ろから23ザナヴィニスモGT-Rに迫られるがなんとかねばり39デンソーサードスープラがGT-R表彰台独占を阻止した。

37ZENTはトップから3ラップ遅れの8位でフィニッシュした。

グリッドにて
グリッドにて

ローリングスタート
ローリングスタート

スタートはマルコ
スタートはマルコ

1コーナ
1コーナー

ピットイン指示
ピットイン指示

ゼブラゾーンカット
オーバースピードでピットに入りきれずゼブラゾーンをカットしてコースに戻ってしまう。

通り過ぎていったぞ
ストレートを通り過ぎてしまうZENT号に唖然とする。

ドライバー交代
翌周ピットイン〜ドライバー交代

ピットアウト
ピットアウト〜レースに戻る

ペナルティ10秒ストップ
しかしゼブラゾーンカットがペナルティ対象に

お疲れ様
お疲れ様

近寄れません
レース後走行データをチェックする琢弥選手

帰りはヘアピン渋滞
渋滞回避のためコースが開放されたが渋滞

 

GT500
優勝 22 モチュールピットワークGT-R
2位 12 カルソニックGT-R
3位 39 デンソーサードスープラ

 

次回 第3戦は5月25日菅生です。

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